開かれることのない扉 – たなかなつみ

 町のはずれにある小さな美術館が閉鎖した。祖父の残した遺産を元手に、叔父がほとんど趣味でやっていた美術館だったのだが、聞いたことのない珍しい病で急逝し、閉鎖を余儀なくされたのだ。すでに他に身寄りのない叔父の後始末を任されたのは私だった。

 展示品のほとんどは「扉」だった。油絵、水彩画、版画、彫刻…… 飾られるために描かれたその扉はすべて、開かれることはない。あるいは単なる額縁である。この収集物にどのような価値があるのかは、私には全くわからない。私は事務的にその「扉」をすべて売り払い、手元にはただひとつ、何に使われていたのかわからない小さな鍵が残った。

 真夜中、ベッドの上に寝転び、その小さな鍵を手の中で弄ぶ。そして、鍵を手に持ったまま腕を伸ばし、その鍵を回してみた。かち、という音が聞こえた。私は目を凝らした。

 そこには扉があった。表面には「TよりKへ」という文字が彫られていた。叔父から私へ。叔父はこの扉を私のために遺したのだろうか。私に開かれるための扉。

 まだ開かないよ。そう呟くと、叔父のかすかな笑い声がしたような気がした。

――了――

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