フードと共に在る暮らし – たなかなつみ

 向こうからぴょこぴょこと歩いてくるものがいる。ヒト型だけれども、頭の天辺にウサギを模した長い耳がついており、遠目にもすぐにそれが食用生物だとわかる。正式にはややこしくて長ったらしい名前がついているが、わたしたちは単純にフードと呼んでいる。

 フードの目に届くところで軽く手を振ってみる。呼ばれていることに気づいたフードは、愛嬌のある表情をしてぴょこぴょこと寄ってくる。少しおくれとお願いすると、あーい、と返事し、背負っているリュックをおろし、そのなかからナイフを取り出して手渡してくれる。フードにだけ刃の効力があるフード専用のナイフだ。

 変形してくれとお願いすると、あーい、と返事し、フードは目の前でペースト状の塊に姿を変える。手渡されたナイフの刃をフードに刺し入れ、片手で持てるサイズの小片を切り出す。ありがとうと声をかけると、フードは元のヒト型に戻り、あーい、と返事する。切り取った分、ひとまわり小さくなった。

 それがフードであることを示す長い耳さえ除けば、ヒト型のフードにそのままナイフを入れることもできるが、そうすることに抵抗がある人間が多いので、フードはその場に応じて形状を変えることができる。どの形状で切り出したとしても、フードから取れる小片はペースト状の塊だ。軽い塩味がするので、そのまま食べることもできるし、団子状にして煮炊きに使うことも、薄く切って焼いたり炒めたりすることもでき、さらに味付けを加えることもできる。つまるところ、万能食品だ。

 フードは畑で栽培される人工作物である。地上にはその葉だけを伸ばし、本体は芋のように地中で育つ。成熟すると、葉がウサギの耳に似た形状に変化するので、その頃合を見て収穫する。収穫時は新生児程度のミニチュアサイズで掘り出しやすいが、大気に触れるとすぐに成長する。ほんの数日で小柄な成人程度の大きさになり、同時に背中のリュックやナイフも出現し、充分に成長を遂げたことが確認できてから出荷される。自力で水分を摂取し、酸素を吐きながら栄養素をため込む、光合成を行う生物である。

 野に放たれて単体で行動している野良フードも数多く生息しており、通りすがりに声をかけて必要分を切り取ることもできるが、各家庭で手をかけて飼われているフードも少なくない。単なる食用ではなく愛玩生物として取り扱われるようになると、どうしても情が移り、切り取られる回数が極端に減るが、フードの寿命自体は、ある程度までは切り取られる回数やその大きさに応じて延びる。切り取られた分を補おうとして新陳代謝が活発になるためである。フードは通常、自身の生命を守るために徐々にその形状を小さくしていくが、代謝が適切に行われていると、かなり長きにわたってサイズを保つことが可能であり、切り取られたあとも光合成を行い元のサイズに戻る。食べきるまでにはかなり長い期間を要するが、その前に寿命を迎えた場合は、ヒト型が崩れてペースト状の塊になり、たやすく分解して土に戻る。環境に負荷がかかりすぎないように、生産個数と生息域は厳密にコントロールされている。

 フードの見た目にはある程度の個性があるが、大きなものでもヒトとしては小柄なサイズであり、一律に愛嬌のある表情をもっている。頭の天辺から伸びる長い耳がぴょこぴょこと動くのも、愛らしさに拍車をかける。長い寿命を保つために、ヒトの庇護欲をかきたてるようにデザインされたのだ。そして、その外見がいたずらにヒトを刺激するのを防ぐために、プレーンな形状に変化する能力も与えられた。フードが愛玩生物ではなく食用生物である限り、必要な能力だ。

 それでも、傍において可愛がる生活を続けると、フードが食用のために人工的につくり出された生物であるという事実は、あまり意味をもたなくなる。

 わたしもフードを飼っていたことがある。名前をつけて溺愛した。食用としても使用していたが、みだりに食べすぎないように気をつけてもいた。生物であるからには寿命がある。長生きさせるためには規則的にフードを切り取る必要があるが、情が移りすぎ、プレーンな形状に変化させたフードにすらナイフを入れられなくなった。どんどん小さくなっていくフードの姿に方向違いの心配を募らせ、フードを抱えて部屋に閉じこもった。充分な太陽光を得るための散歩に出ることすら許さず、その結果、年数を経ることなく、フードはわたしの腕のなかで事切れた。ペースト状の塊に形状変化して動かなくなったフードを、泣きながら回収所に持ち込んだ。回収されたフードは工場で加工され、フード畑の肥料になるので、わたしのフードも無駄死にしたわけではなく、完全にリサイクルされたことになるのだが、フードとしての生命を全うさせてやれなかった悔いは大きく残り、フードを飼うことは二度としないことにした。

 今は空いた時間に行き合った野良フードから食べる分を切り取らせてもらっている。日の光が差すあいだは散歩中の野良フードを街なかで見つけるのが難しくなく、食べるものに困ることはない。梅雨の季節や冬季は日照時間が短くなるため、散歩に出るフードの数が減るが、ある程度備蓄することで対処している。

 わたしはフードにナイフを返した。フードはリュックにナイフをしまい、愛嬌のある表情を向けてきた。またお願いするねと声をかけると、あーい、と返事して、ぴょこぴょこと歩き去る。フードの小片を自身の袋にしまい、わたしも歩き出した。家に帰ったら切り取ったフードを打って伸ばして細く切って汁麺にしよう。そう決めると、急激にお腹が減ったような気がして、家路を急ぐことにした。

――了――

※初出:“A Life with Cibi,” in Multispecies Cities: Solarpunk Urban Futures
(translated by Toshiya Kamei, World Weaver Press, 2021)

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう