早朝を通り抜ける – たなかなつみ

 早朝の公園に、人はいない。

 涼風に遊ばれて、木の葉が揺れる。ちらちらと動く小さな重なりが日の光を弾き、その色が瑞々しいものに変わろうとしていることを告げる。誰もそれに目を留めぬあいだに、季節が移ろうとしている。

 命が開いている。開こうとしている。伝えようとしている。次へ、次へ。

 空気は澄んでおり、若葉は蒼い色を放っている。手を伸ばせば容易に辿り着くはずのそこ。見えない皮膜が幾重にも行く手を塞ごうとしているそこ。

 指先で感じることはない。目でそれと確認することもない。

 ないように見えるそこにあるもの。あるはずのもの。かつてはなかったはずのもの。

 早朝の道路に、人はいない。

 遠くから涼風が吹かれてやってくる。冬の皮膜で遮る必要のない爽やかで柔らかな風。温かで穏やかな空気。

 季節は確実に移っている。命が伸びる季節が、もうそこにある。

 そして、人だけが、いない。

 たたっ、たたっ、と追いかけてくるものがある。耳をすますことさえできれば、小さな足音を聞くことができる。周囲に目を走らせることさえできれば、小さな気配を感じとることができる。数多に、数多に。広がり、広がり。重なり、重なり。大きく、大きく。

 けれども、そこにもう、人はいない。

 辿り着いた建物の扉は、かたくかたく閉じている。小さく覗いている窓から、小さな生き物たちがひしめいているのを垣間見ることができる。うじゃうじゃいる。うじゃうじゃいる。ぎゅうぎゅうづめで。ぎゅうぎゅうづめで。

 生き物たちは、ほんのわずかも外に出てくることはない。生き物たちは頑なに守ろうとしている。自分たちが重なり合う圧に押され、すでに骨はばきばきに折れている。擦りつけ合った皮膚がぼろぼろに破れ、しとどに血に塗れている。

 その両の目はそれぞれに未だぎらぎらと光り、ただ外をうかがい続けている。静かに、静かに。黙して、黙して。

 風は、密閉された建物のなかに侵入することはできない。ひしめき合って息絶え絶えになっている生き物たちにほんのひと触れもすることなく、ただ、通り過ぎる。

 早朝の風景のなかのどこにも、人はいない。ただ、風が吹いている。

――了――

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